富士山、剣が峰大沢(大沢崩)

1963年、1964年(昭和38、39年)の厳冬期に3回ほど剣が峰大沢にチャレンジしましたが、3回とも
敗退しました。1964年は東京オリンピックがあった年で、ボクはセブンティーン(17歳)だったので
すが、こんなトコで青春してました(笑)。
高校に入学したとき(15歳)で、社会人山岳会に入会しました。

冬富士は16回行きましたが、登頂出来たのは数回でした。
どちらにしても、今考えるとお粗末な装備でしたが、当時としては最新のモノでした。
約3000m地点からの剣が峰大沢の上部です。

雪は吹き飛ばされてテラテラになっています。

核心部は右上のルンゼです。

詳細は忘れてしまいました(泣)。

スケートリンクが45度、

それ以上に傾いている感じです。
北風、西風に磨かれたアイスバーンは

アイゼンの爪を跳ね返します。

右上が頂上の剣が峰です。
当時描いたルート図です。
バス停「上井出」から大沢川沿いの

11番林道に入り大沢大滝から剣が峰大沢の

右岸の尾根をを直登します。

その樹林帯のラッセルです。

ワカン、2尺4寸の片桐キスリングです(笑)。
短距離なのでラッセルのフル装備はしてませ
んでした。

籔が多くてワカンを履くと絡まって難儀しました。
お中道にある「お助け小屋」のトイレです。
ちょっと見にくいですが、急斜面に張り出して
作っています。
森林帯を抜けて一服しているトコです。
ビニロンのオーバーシューズ、オーバーズボン、
ヤッケ、ミトン、細野のアタックザックという出で
立ちです。
右手に持っているピッケルはモデルRCC。

写真に「昭和39年の思い出」と書いてありました。
大沢上部のちょっとした岩の陰でツエルトを
張ってビバークです。

膝の上でストーブを焚いて暖をとり

インスタント珈琲でも湧かしているので

しょうか。仲間の足先だけが見えます。
2012年に御中道から久しぶりに剣が峰大沢、お助け小屋へ行ってきました
   

                                                 2002/02/05記


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