パソコン通信→インターネット
2001年
 1982年10月号(1)、1983年5月号(2)、1983年10月号(3)、1984年4月(4)と続いた建築の専門誌があった。4号で終わってしまったけど、その4号にボクの作ったプログラムが紹介された。
 それ以後、ボクの生活は変わってしまった(笑)。

 「パソコン通信と言うモノをやろう!」と当時の編集者から声を掛けられた。1985年のことだ。
 パソコン自身もあまり分かっていないのに、パソコン通信はもっと分かっていなかった。でも、当時の愛機PC-9801Fとモデム(カプラー)+電話回線でデータの共有がはかれたのだ。データの共有とは云っても「大人の交換日記」のようなモノだった。アーキネットと言う草の根パソコン通信の始まりだ。
 1987年4月10日に始まったNiftyServeの中に建築フォーラムとコーナーを設けて、そこのサブシスを行うようになった。アクセスポイントは300bpsと1200bpsだった。
 2年ほどでNifty建築フォーラムのサブシスは降りてしまったけど、このフォーラムはそれから10年は凄い勢いで発展した(今も)。

 地元静岡市のコムスネットとかにも参加して、オフ会と称して飲み会も何回も行った。前記のNiftyのなかにマリンフォーラムと言うダイビングとヨットのフォーラムがあった。その中でのやり取りは今でも続いている。もう10数年か!(驚)。
 これほどパソコン通信→InterNetが盛んになるとは思わなかった。
 コンピューサーブ経由で米国と通信していた時代は夢のようだ。また、それでも遅くてATコマンドを駆使して、米国と直結したこともあった。


 NTT&郵政省の規制緩和がもっと早い時期に、速く行われて入れば、もっともっと有益なコトも多いだろうと思う。

【インフラの整備】

 車というモノが世の中に出て、誰でも購入できるようになったのは、それほど昔のことではない。昭和40年代後半に一家に一台という調子ではなっかたかなと思う。それまでは車の無い家はそれほど珍しいコトではなかった。
 車が走るようになって出現した業種がある。ボクの中学時代(1960〜1962)、友人のお父さんは道路のライン屋を始めると云っていた。当時なにのことなのか理解できなかった。
 車の保険屋、事故の保険屋、自動車修理工場、JAF、道路ライン屋、道路舗装屋、ガードレール屋…もっと云えば高速道路にある全てのモノ。もしかしたらほとんどの業種が車の恩恵にあずかっていると云っても過言ではないだろう。
 自動車の出現が、様々な業種を生み出したのだと感じる。

 TVの出現も同じようなことが多々在ったと思われる。

 ここ数年、InterNetと言うモノが出現してコンピュータの在り方も変わって来た。
パソコンショップも沢山出来て、パソコン&周辺機器が売れまくったと云う。ちょっと前まで、パソコン通信、InterNetの話をすると「オタク」のレッテルが貼られてしまったけど、今はそんなコトはない。

 昨年(2001)はIT不況と云われたけど、そんなコトはないと思っている。自動車が出現して様々な関連業種を産み出すのに40年以上掛かっている。InterNetが普通にどこの家庭にも導入され、使用されてくると、今まで考えがつかなかったような関連業種も生まれてくると思う。まだ、IT産業は敷居を跨いだトコロだと思う。

転送スピード 100M音楽ビデオ
300bps       300 bps カプラー
1200bps      1,200 bps Nifty発足時
2400bps      2,400 bps 構造計算
 28k     28,000 bps
 32k     32,000 bps アナログmax
 64k     64,000 bps ISDN回線 3時間28分00秒
128k    128,000 bps OCNエコノミー
514k    514,000 bps TOKAIケーブル
1.5M   1,500,000 bps ADSL回線 8分53秒
2.0M   2,000,000 bps ケーブル
10M  10,000,000 bps 光回線 FTTH-1 1分20秒
100M 100,000,000 bps 光回線 FTTH-2 8秒


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